「建築物の外観・内装」の意匠図面(第三回)

日本で透視投影図を用いた意匠出願は可能か

まず、日本で透視投影図を「形態の特定に必要な図(以下、必要図)」にした意匠出願はできるのでしょうか。
特許庁発行の「意匠登録出願の願書及び図面等の記載の手引き(以下、記載の手引き)」には、必要図の作図方法について、以下のように記載されています。

①意匠が立体状の形態の場合は、正投影図法により表すことができます。各図同一縮尺で作成し、正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図及び底面図のうち、意匠登録を受けようとする意匠を明確に表すために十分な数の図を記載します。(様式 6 備考 8)

②意匠が立体状の形態の場合に、等角投影図法、斜投影図法によって表した図を、上記の図の全部又は一部に代えることができます。(様式 6 備考 9)

〔記載の手引き 2.A.2A.1(1)形態の特定に必要な図の作図方法の種類〕

(注・正投影図法、等角投影図法及び斜投影図法は、下図のように、すべて「平行投影図法」に属する図法です)

また、「図面代用写真」の留意点については、以下のような記載があります。

④前方が大きく後方が小さく写るパース状にできるだけならないような撮影方法で撮影してください。

〔記載の手引き 2.C.図面代用写真について〕

つまり、上記を簡単にまとめると、必要図には「平行投影図法」を用いてください、できるだけ「透視投影図法(パース)」は避けてくださいね、ということになります。
このように、日本では六面図等に代えて必要図に「透視投影図法(パース)」を用いることは、原則的に認められていないのです(なお、米国では、このような「図法」に関する取り決めは、特にありません)。

ただし、六面図等で凹凸の態様を十分に表現できない場合には、例外的に透視投影図であっても必要図として認められます(下図参照)。

「透視投影図法(パース)」では、物品の形態を「平行投影図法」で描かれた六面図のように正確に表すことはできません。
しかし、一方で透視投影図は、写真と同じように人間に見える様子に近い表現といえます。
また、斜視図でなくとも一図に複数面の情報を含ませることができる利点もあります〔第2回【2】建築物の内装・米国編(2-2)参照〕
そのため、「意匠の要旨を表現する図」として役立つ場合には、透視投影図も必要図として認められるのです〔記載の手引き 2.A.2A.5(6)【斜視図】(等角投影図、キャビネット図、カバリエ図を除く)参照〕。

実際に、透視投影図を斜視図(必要図)に用いて意匠登録を受けている例は、探してみると沢山あります。
なお、透視投影図を必要図ではなく、参考図として用いることには何の問題もありません。



※ちなみに、下の例を見て「これって建築物そのものじゃないか!不動産はこれまで意匠の対象外だったんじゃないの!?」と不思議に思われる方も、もしかしたらいるかもしれません。
ヒントは物品名。見た目は立派なビルですが、物品名は「組立家屋」になっています。
組立式の建物は(組立完了後は不動産となりますが)組立前には動産といえるため、意匠法改正前の現時点でも意匠法の保護対象である物品に該当しています。
今後、「建築物の外観デザイン」を意匠登録したいという場合、このような組立式の建物の登録例は大変参考になると思いますので、ぜひ検索してみてください。

透視投影図のみでの意匠出願は可能か

さて、前項では、透視投影図が必要図として使用できるかどうかについてお話しました。
結果として、六面図等に代えて透視投影図を必要図として使用することはできませんが、六面図の内容を補う用途であれば必要図として認められる、ということが分かりました。
これは、裏を返せば、透視投影図のみで出願して意匠登録されることは、現状ではかなり難しい、ということを意味しています。
米国では、透視投影図のみで登録されている意匠例がありましたが、日本では六面図等に代えて透視投影図を必要図として使用することができない以上、仕方がありません。

ただし、これはあくまで「現状」の話です。
今、日本はハーグ協定加盟にともなう国際基準への適応のために、どちらかというと厳しい図面の要件を緩和し、図面の簡略化を許容する流れの中にあります。
また、前回ご紹介した建築物の外観・内装に関する米国の登録例では、「透視投影図法(パース)」を用いた種々の図面表現が見受けられましたが、この先の法改正後には、あのような透視投影図法の様々な表現による図面が諸外国から流れ込んでくる可能性も高いでしょう。
そのため、建築物のように図面作成のハードルが高く、かつ透視投影図を用いるのが自然な対象であって、さらに、透視投影図であっても意匠の創作の内容を特定する上で必要なものが含まれた図面が提出されているのであれば、今後、透視投影図が必要図として認められる可能性もあるかもしれません(もちろん、実際にどうなるかは残念ながら現時点では分からず、あくまで推測・希望的観測にすぎませんが)。
この点は、今後の動きを楽しみに待ちたいと思います。

ただし、第一回から幾度となく説明してきたように、透視投影図は視点から離れたことによる尺の縮みと実際の物品の形状とを図面上で区別するのが難しいため、意匠の形態を正確に表すことはできません。
そのため、平行投影図の場合には起こりえない、予期せぬ事態が生じるかもしれないというデメリットがあることは、必ず心に留めておくべきでしょう。