「建築物の外観・内装」の意匠図面(第三回)

日本で「建築物の外観・内装」の意匠を出願するには

以上の考察により、日本で「建築物の外観・内装」の意匠を出願するには、やはり原則通り、(正投影図法による)六面図(またはこれに代えて、等角投影図法または斜投影図法による斜視図)を準備するのが最も安全かつ確実であるといえます。

建築物の外観デザインは、物品を“外部から”見た形態であるため、どのような図面を準備するかは一般的な物品と同様に考えることができます。
つまり、(正投影図法による)六面図(またはこれに代えて、等角投影図法または斜投影図法による斜視図)を、意匠を明確に表すために十分な数用意し、これだけでは意匠の形態を十分表すことができないという場合には、断面図や拡大図等も加えるのが良いでしょう。

一方、建築物の内装デザインは、物品の“内側の”形態であるため、内側が見えるように、天井や壁を取り払った表現や、断面図を用いるなど、通常の六面図や斜視図による出願とは異なる工夫を凝らした意匠図面が必要になります。
これまでに出願された、物品の内側の形態が重要な物品の意匠(例えば、「エレベーター用かご」など)の図面を参考にしても良いかもしれません。

透視投影図を意匠出願に利用するには

透視投影図のみでの意匠出願がどうやら難しいとしても、手元には透視投影図しかないという場合、「この透視投影図をなんとか利用して、意匠出願ができないものか?」と考えるのが自然ですよね。
例えば、「六面図だけでも透視投影図を元に作成できないかな? 意匠図面のプロなら、簡単にやってくれるんじゃない?」なんてことを考える人がいるかもしれません。

実は、透視投影図を平行投影図に変換するということは、原理的には可能です。
ただし、その方法は簡単ではありません。むしろ、とても複雑で難解、かつ手間隙がかかります。
本稿を書くにあたって、透視投影図に精通するテクニカルイラストレーターの方に、奈良の東大寺の三点透視図を、正確な正投影図に変換できるか尋ねてみました。
その回答は、「変換できないことはないが、非常に厄介。とんでもなく時間がかかるし、かつ正確性は低い」とのことでした。

上の図は、三点透視図の立方体を、等角投影図の立方体に変換する過程を示しています(具体的な方法については、大変長くなりますのでここでは割愛します)。
上記のように、立方体のような単純形状であれば、さほど苦労せずに変換ができますが、凹凸や曲面など、細部が増えるにつれて変換は複雑化し困難を極めます。
凹凸のひとつひとつにつき、幅/高さ/奥行きの情報を図のような手順で得て、平行投影図に反映させていかなければならないからです。
厳密な正確性が要求される場合や、ランダムな曲面がある場合などであれば、変換は不可能という結論に至ることもあるかと思います。
こればかりは、対象物の形状や提供された透視投影図がどの程度まで作図に利用できるかということ、さらに図面作成者の腕などによって変わるため、一概には言い切れません。

また、意匠図面作成者というのはそもそも「平行投影図法」のプロである一方で、「透視投影図法(パース)」のプロではありません。
なぜかというと、意匠図面作成者は、意匠では(のみならず特許でも)平行投影図を描く機会が圧倒的に多い一方で、「正確かつ自然な透視投影図」を求められて描く機会がほとんどないからです。
そのため、「平行投影図法」と「透視投影図法(パース)」の双方をマスターし、両図法を迅速かつ正確に変換できるほどの経験値を積んでいる意匠図面作成者というのは、現時点ではあまり多くはありません(もしかすると、ほぼいないかもしれません)。

現時点ではっきりと言えることは、透視投影図から平行投影図に変換することは、場合によっては不可能であり、可能であっても通常の意匠図面作成作業に比べてはるかに膨大な時間と手間がかかる可能性が高いということです。
また、正確な変換が非常に難しい以上、出願図面の精度(正確性)が低くなる可能性が高いことも留意しておくべきです。

透視投影図を意匠出願に利用する場合の注意点

では、出願図面の精度が低くなってしまっても仕方がない、費用と時間に関しても覚悟の上で、透視投影図から平行投影図を作成して意匠出願しようという場合、どのようなことに気をつければ良いでしょうか。
以下にまとめました。

(1)透視投影図と平行投影図を混在させる場合、図面間の整合性に注意する

第二回で紹介した、米国での意匠登録例(1-1) “Housing Structure”(US D610266)の図面では、FIG.1とFIG.2の間の整合がとれていませんでした。
ありがちな作図の単純ミスですが、一度出願してしまったら、このような図面のミスを修正する補正は認められない可能性が高いです。
透視投影図から平行投影図に変換する場合、どうしても細部が不正確になることもあるでしょうが、大きなミスがあれば登録の妨げになりますし、運よく登録されたとしても権利行使に影響する可能性もあります。
したがって、出願前には厳重なチェックを行い、ミスがあれば可能な限り修正しておくことが大切です。

(2)図面作成のための資料は、多ければ多い方がいい

これは建築物の外観・内装デザインに限った話ではありませんが、物品の形状を確実に図面作成者に理解してもらい、迅速かつ正確に作図してもらうためには、作図の対象となる物品に関する資料を、できるだけ多く準備するに越したことはありません。
透視投影図しかないという場合でも、手元に複数図あるのであれば、素人判断で適当に選んで渡すよりも図面作成者に取捨選択してもらうつもりで全て渡しておく方がいいでしょう。
また、「透視投影図しかない」と思い込んでいても、実は等角投影図などが紛れ込んでいることがあるかもしれません(その場合、透視投影図に比べると、六面図への変換はスムーズになります)。
図面に関する判断は、図面作成者自身または図面を見慣れた方にお願いするのが賢明です。
さらに、図面という言葉の「紙に描かれた図のイメージ」に気を取られて書類ばかり探していたけれど、実は事前に作成した建築模型や3Dデータが存在していた、という可能性もあります。
建築模型や3Dデータは、図面を作成するに当たっては非常に有力な資料となります。
そのほかにも、作図のヒントになりそうなデータや写真などがないか、必ず確認するようにしましょう。

(3)ビットマップデータよりベクターデータを提供する

図面をデータで提供しようという場合、注意する点があります。
それは、ビットマップデータ(注1)ではなく、ベクターデータ(注2)を提供してほしいということです。

(注1)ビットマップデータ
ドットと呼ばれる着色された点の集合で画像を表現するデータのこと。フォトショップなどのペイント系ソフトで用いられる。画像を拡大するとドットが拡大され、ギザギザした粗い画像になる。拡張子は.bmp, .jpg, .gif, .tif, .pngなど。

(注2)ベクターデータ
点と線を数値化し、その座標値や属性情報をコンピュータが再現することで表現するデータのこと。各種CADやアドビイラストレーターなどのドロー系ソフトで用いられる。画像を拡大しても画質は変わらず、編集が容易にできる。拡張子は.dxf, .dwg, .aiなど。

ビットマップを提供された場合、そこから図面作成者がどうやって出願図面を作成するかというと、基本的には画像を「トレース(写し描き)」するしかありません。
トレースは、今ではコンピュータ上で行うのが普通ですが、原理としては、紙のイラストにトレーシングペーパーを重ねて上からなぞり描きするのと変わりません。
そのため、どうしても正確性に難のある図面になりがちです。
特に、解像度が低い、細部が暗く見えにくい等、ビットマップデータに問題があれば当然トレースした図面の質も落ちます。
そのような質の低いトレース図からさらに平行投影図に変換しようとすれば、どんな悲惨な状況になるかもうお分かりでしょう。

しかし、どうしてもビットマップデータしか用意できないという場合は、せめて下図のように着色した画像ではなく、線画で出力することができないか、検討してみてください。

(4)作図に要する時間は、通常の意匠出願より多めに見積もる

先ほども説明しましたが、意匠図面作成者は透視投影図の扱いに慣れていないという点と、透視投影図を平行投影図に変換するのは通常の意匠図面作成より圧倒的に手間がかかるという点から、作図に要する時間は通常の意匠出願よりもかなり多めに見積もる必要があります。
意図した出願期限に間に合わない事態を引き起こすことのないよう、意匠出願の計画段階で織り込んでおきたいですね。

まとめ

今回の意匠法改正は、これまでの意匠法で保護してきた、「反復生産され量産される物品(有体物であり市場に流通する動産)」とは対極といえる「建築物の外観・内装」も保護対象に含めるなど、意匠法の根幹にまで及ぶ“大工事”であり、現段階ではまだ先行きの分からない点も数多くあります。
本稿は、その中で今考えられる限りの「建築物の外観・内装デザイン」の意匠図面のあり方を検討した上で、図面に詳しくない方や図面の初心者にも伝わるよう、できるだけ簡単に問題点をお話してきたつもりです。
特に、図面作成の現場に身を置く者として、現段階で知っておいてほしいこと、注意しておいてほしいことに重きを置いたお話をさせていただきました。

法改正のトピック全体から見ると、「建築物の外観・内装デザイン」に限定した図面の話というのは、いまいち枝葉末節かつ重箱の隅をつつくような話に感じられるかもしれませんが、いざ法改正後の新制度がスタートすれば、意匠図面をどうするかは必ず問題となります。
できるだけ早い段階で、法施行後の実務を想定し、準備を重ねておきたいものですね。
この先、「建築物の外観・内装デザイン」の意匠について、さらに議論と検討が重ねられることと思いますが、個人的にはこれを機に、建築物の図面のあり方のみならず、今まであまり議論の対象になってこなかった意匠図面全般のあり方についても、さらに深く研究、考察が進むことを期待してやみません。

(終)