薬品保管庫事件

薬品保管庫事件

 

昭和55年09月19日 大阪地方裁判所(昭和55(ヨ)1069 意匠権 民事仮処分)

昭和56年09月28日 大阪高等裁判所(昭和55(ラ)542 意匠権 民事仮処分)

 

概要 債権者は、自己保有の意匠権並びに類似意匠権から導かれる「基本形状」が債務者実施品と共通するとして意匠権差止請求に基づく仮処分申請をしたところ、公知意匠Ⅰ乃至Ⅳの存在により上記「基本形状」に基づいて類否判断することは許されないとして申請却下。これに対して、本件意匠と公知意匠Ⅰ乃至Ⅳは物品非類似ゆえ参酌されるべきではないとして即時抗告された事案。(棄却)
争点 <本件意匠権の類似範囲を画する上で各公知意匠の物品類否が争われている>

Ø  債権者は、疎明された公知意匠Ⅰ乃至Ⅳにかかる各物品は工具ないしは事務機器関係業界がその分野であって、本件意匠の実施品とは供給される市場を異にし、従って同一又は類似の物品ではないから、本件意匠の類似範囲を定めるについて各公知意匠を参酌すべきではないと主張。

〔判決〕申請却下・抗告棄却。

対象意匠 本件意匠(本意匠と類似意匠群) 被告製品(イ号・ロ号)
抗告人(債権者)の主張 (1)公知意匠Ⅰ乃至Ⅳとの間の物品の類否

『物品の供給される市場の異同』: 本件意匠の実施品は科学機器、試薬関連会社を通じてのみ市場に供給されるものであつて理科機器関係業界がその分野であるのに反し、昭和43年実用新案出願公告第26772号公報2頁第1図記載の竪型抽斗装置付鋼製キヤビネツトの意匠(公知意匠Ⅰと云う)、雑誌「ゲイヤーズ・デイーラートピツクス」1967年1月号131頁所載のワトソン・マイクロフイルム・キヤビネツトの意匠(公知意匠Ⅲと云う)及び昭和37年実用新案出願公告8956号公報2頁第1図記載の引出式物品格納棚の意匠(公知意匠Ⅳと云う)にかかる各物品は工具ないしは事務機器関係業界がその分野であって、本件意匠の実施品とは供給される市場を異にし、従って同一又は類似の物品ではないから、本件意匠の類似範囲を定めるについて右各公知意匠は参酌すべきではない。

(2)イ号製品・ロ号製品との類否

① 本件意匠の基本的特徴は、本意匠権と5件の類似意匠権との関係より「方形枠条のキャビネット本体に縦長の抽出が複数列嵌められ、取手が各抽出の上方部に取付けられているという薬品保管庫としての基本形状」にあり、当該基本形状は、イ号製品・ロ号製品にも共通する。

② 本件意匠とイ号、ロ号物品との間には、微差(鏡板の突出の有無、取手の形状(凹凸)、カード差しの有無、はかまの有無、安全ボタン、鍵挿入口の有無、釘またはビス穴の有無等)があるが、いずれも類似意匠登録の範囲に包摂される範囲の差(鏡板の突出の有無、取手の形状、はかまの有無)にすぎず、意匠全体の構成に比し無視すべき徴差ばかりである。結局、イ号、ロ号物品は本意匠に類似するものであり、本件意匠権の侵害を構成する。

裁判所の判断 (1)物品の類否判断基準

規範定立(定義):物品の類否の判断は物品の用途と機能を基準としてすべきであって抗告人主張の如く物品の供給される市場が同一であるか否かは右判断の基準となり得ないものと解される。そして物品の用途と機能が同じものは同一物品であり、用途が同一であるが機能に相違のあるものは類似物品であると解するのが相当である。

事案のあてはめ:本件意匠の実施品及び公知意匠Ⅰ、Ⅲ、Ⅳ、の対象物品は何れも比較的小型の物品を収納し保管することに用いられるものであつて用途を共通にするものと云うことができ、ただ収納する品物が異なる点で機能を異にするに過ぎないから、本件意匠の実施品と各公知意匠の対象物品とは類似物品であると云うべきである。

判断の帰結:従って本件意匠の類似範囲を判定するについて右各公知意匠を参酌すべきことは当然であって、この点に関する抗告人の主張は採用することができない。

 

(2)意匠の類否判断

本件意匠の要部の認定: 本意匠の特徴、要部をみるに、本意匠の要部を申請人主張のように「方形枠状のキヤビネツト本体に縦長状抽出が複数列嵌められていること(構成1)」「取手が各抽出の上方部に取付けられていること(構成3の一部)」という基本形状にあると断ずることは、それと同一または酷似の基本的構成を有する前示公知意匠(ことにそのⅠ)がすでに存した点に照らし困難である。すなわち、本意匠は右のような基本形状の点では特段創作性や美的価値を認めることができないというほかない。

差異点の評価: 両者対比に際しては、(A)鏡板の突出の有無、取手の形状(凹凸)、カード差しの有無、はかまの有無、ひいては安全ボタン、鍵挿入口の有無等を無視できないし(叙上の相違点が存すること自体は当事者間にも争いがない。)さらに(B)もともと意匠の類否は右のように正面からみた形状のみによって決するのは不十分であって、六面図によって特定される立体物としての意匠の対比によるべきである。そして、この見地からあらためて両者を観察すると、本意匠のキヤビネツト本体は特段その枠組を覚知させるようなものはなく外側からみる限りでは一体的な構成になっているように看られるのに対し、イ号、ロ号物品のそれは、底面図以外の面には枠組やこれらを組立てるに必要と思われる釘またはビス跡と目される形状が判然と看取され、この点の相違は両者の意匠を全体的に観察したときかなり異なつた印象を看者にあたえるものといわなければならない。

このように考えてくると、結局、本件イ号、ロ号物品を本意匠に類似すると断定するのは困難である。

考察 ・  本件は、物品の類否判断基準が明示された点に意義ある裁判例といえる。

・  意匠権の類似範囲は公知意匠との関係で広狭が決せられるが、当該公知意匠は物品類似の関係にあることが前提となる。

・  各段階における意匠調査においても、どこまでを物品類似とするかが重要となる。