部分意匠の破線はどのように解釈されますか?

2021/01/14

部分意匠における破線の解釈については、プーリー事件とコンパクト事件を参考に考えるとよいと思います。コンパクト事件について実務的な視点で仮説を使って深堀りの説明をいたします。

【参考:部分意匠の解釈を巡っての学説】

◆要部説 v. 独立説

部分意匠を保護対象としている米国では要部説と独立説が存在する。要部説は「意匠は物品の部分には成立しない」という従来の考え方を維持し、実線部分が意匠の要部であり破線部分は要部ではない部分として捉え審査等を行うという考え方であるBlum判決)

この要部説は、出願人が引用された公知意匠と出願に係る意匠とを明確に区別するため、この公知意匠に含まれる部分を破線により示すことにより、破線部分の形態から意匠の要部を認定することを積極的に排除する方法として考え出されたという背景を有する。

なお、要部説は「実線部分が意匠の要部である」と主張している説ではなく、「破線部分から意匠の要部を抽出してはならない」というのが要部説の本来の主張である。即ち、意匠の要部の認定において「破線部分の形態から意匠の要部を認定してはならない」という要部認定の積極的排除を主張している考え方である。

しかし、要部説は、その説の名称から「実線部分が意匠の要部である」と主張しているかのように誤解されている。けれども、「破線部分から意匠の要部を抽出してはならない」と主張は、実質的に「実線部分が意匠の要部である」という結論に結びついてしまうため、「要部説は実線部分が意匠の要部であると主張している説である」と説明しても明らかな誤りではない。

一方、独立説は、実線部分を権利主張(クレーム)の対象とし、破線部分は「説明目的」でありクレームの範囲には含まれないとする考え方であるZahn判決)。独立説は、パテントアプローチにより意匠を保護する米国では、馴染み易い考え方である。即ち、実線で示す範囲は出願人が任意に決定できる点を捉え、クレーム概念で説明するものである。また、「経験則という客観的観点から決定する」手法を採る日本国での「意匠の要部」という考え方とも親和性がある。

当初、米国の判例は要部説であったが、その後独立説に判例変更し、現在では、米国特許商標庁の特許審査マニュアルも独立説に基づくものとなっている。ちなみに、そのマニュアルには、「Ⅲ.破線 請求に係る意匠の一部ではないが、その意匠が関係する状況を示すために必要とみなされる構造は、破線で図面において表すことができる。これには、意匠が具体化され応用された物品の一部が意匠の物品の一部とはみなされない場合を含む。In re Zehn,617 F.2d 261,204 USPQ 988(CCPA 1980)。破線による表示は例示のためだけであり、請求に係る意匠の一部またはその特定の実施例を構成しない。」(1)と記載されている。

 

◆日本国特許庁の運用

日本国特許庁は、部分意匠制度の導入当時において要部説の立場に立っていると言われていた。詳しくは後述するが、破線部分に基づいて実線部分の位置、大きさ、範囲を認定して、その位置、大きさ、範囲が相違する場合には、部分意匠に類似しないという立場を採っていた。この考え方は、破線部分を重視した考え方である要部説と同様である。

ところで、この「位置、大きさ、範囲」という言葉は、部分意匠制度導入当時の特許庁意匠課課長により発案されたものであり、法理論や部分意匠制度の沿革を根拠とした概念ではない。

その後、特許庁は2004年2月16日に更新された特許庁のHPの「部分意匠に関するQ&A」において上記立場の変更を発表した。その内容は以下の通りである。

【問13】 実線部分の「位置、大きさ、範囲」が少しでも異なると非類似となるのですか?
【答】位置、大きさ、範囲は、当該意匠の属する分野においてありふれた範囲内のものであればほとんど影響を与えない、と考えられています(審査基準71.4.2.2.1(5)参照)。

【問14】 「その他の部分」は、類否判断の際にどのように取り扱われますか?
【答】 まず、審査官は、例えば、実線で描かれた「意匠登録を受けようとする部分」と破線で描かれた「その他の部分」とを、当該【意匠に係る物品】を認識するための基礎としています。次に、破線で描かれた「その他の部分」に基づいて、「意匠登録を受けようとする部分」の「位置、大きさ、範囲」を認定しています。ただし、「その他の部分」の形態のみについては対比の対象としませんので、ほとんどの場合、「その他の部分」の形態の相違が類否判断に直接影響を与えることはありません(審査基準71.4.2.2.1(5)参照)。

このような「位置、大きさ、範囲は、当該意匠の属する分野においてありふれた範囲内のものであればほとんど影響を与えない」、あるいは「破線部分の形態のみについては対比の対象としないため、ほとんどの場合、破線部分の形態の相違が類否判断に直接影響を与えることはない」という特許庁の立場は、米国の独立説の考え方をベースとしつつも部分意匠の様々な類型に応じて柔軟な対応を行う方針であることを伺わせる。

 

◆揺動説

揺動説とは、図面に示されている破線が固定されたものではなく揺れ動くもの(waver)と捉える考え方である。

揺動説は、以下のような作業から生まれたものである。即ち、部分意匠の意匠登録公報に黒色の破線が描く形態とは異なる公知の形態を赤色の破線で書き加え、黒色の破線と赤色の破線が、夫々、実線で示されている部分意匠の形態に対し違和感を与えることなく表示していることを確認する。さらに、他の色で他の異なる公知の形態を書き加えてゆき、それぞれの色で書き加えた公知の形態がやはり違和感を与えることなく表示していることを確認してゆく。

しかる後に、複数の同一サイズの紙を用意し、その内の1枚に実線部分のみを描き、他の紙にはコピーする。1枚目の紙には黒色の破線で表した一の公知形態を書き加え、2枚目の紙にも赤色の破線で表した他の公知形態を書き加える。以下、3枚目、4枚目…にも様々な色で表した破線で示すそれぞれ異なった他の公知形態を書き加えてゆく作業を行う。これらの紙を高速で捲ってゆくと、アニメーション(動画)のように破線が揺れ動くのである。もちろん、部分意匠は各紙にコピーされているため、その実線の位置が変動せず全く動かない。揺動説という名称は、この破線部分が揺れ動くという視覚的な印象から命名されている。

揺動説にいう揺れ動く破線は、破線部分の形態を特定している。この特定とは、必ずしも物理的に1つのものを特定することを意味せず、複数の破線が存在可能である一定の「幅」の範囲(以下、「揺動範囲」と呼ぶ)を特定しているという意味である。このことから、この破線をして従来の意匠の特定という作業を行ってはならないことが理解できる。

揺動範囲には公知公用(周知周用を含む)の形態を全て含んでいるが、この形態を示す破線は、実線で示されている部分意匠の形態に対し違和感を与えることなく表示しているものに限られる。即ち、意匠登録公報に記載された破線で示された形態と置換可能な形態に限定されるということである。

重要なことは、揺動範囲に含まれていると認定された公知意匠等の形態(以下「揺動要素」と呼ぶ)が当該部分意匠の公報に実線で示されている形態に対して違和感を与えてならないということである。そして、このことから、揺動範囲は、出願人の意図した範囲ではなく、客観的に定められるものであることが理解できる。

審査段階においては、揺動範囲は出願日(優先日)を基準として判断される。この場合、公知公用(周知周用を含む)の形態は、揺動範囲を推定するための証拠として取扱われる。何故なら、揺動範囲を構成する個々の公知公用(周知周用を含む)の形態は、それぞれが例示的な意味合いを持つに過ぎず、本来的な揺動範囲を特定するだけの能力を備えてはいないからである。揺動範囲とは概念的なものなのである。

一方、侵害事件においては、揺動範囲は侵害時を基準として判断される。図面に示されている破線部分が独占権たる意匠権の権利範囲を定める形態要素として必須なものではない以上、「国家に対する開示の代償として独占権が与えられる」という考え方をそのまま適用する必要がないからである。

また、部分意匠制度導入以前の類否判断実務において、両意匠の基本的構成態様が共通しないもののそれぞれの基本的構成態様がありふれており、且つ、両意匠の具体的態様が共通しその具体的態様が特徴的である場合、両意匠の類否判断は具体的構成態様(あるいはその一部)の創作性の有無により判断されている(1)。このような取扱を考えてみると、揺動範囲が出願前(優先日前)公知公用(周知周用を含む)の形態に限定しなければならないと考える必要はない。いずれにせよ、この侵害事件における揺動範囲の判断時をいつの時点とするかは、部分意匠の本質を決定するに当たり大きなウエイトを占める問題になると考える。

(1)宮滝恒雄「意匠審査基準の解説(改訂増補版)」(発明協会、1997年)140頁。高田忠「意匠」(有斐閣、1981年)165頁 脚付きコップを例に挙げ類似関係が解説されている。

 

情報ソース:http://daipatent.web.fc2.com/

以上