部分意匠、どこまで実線にする?  ~ 損害賠償から逆算して考える図面の描き方~

『部分意匠、どこまで実線にする? ― 損害賠償から逆算して考える図面の描き方』

1.「特徴部分だけ実線」で、本当にいい?

部分意匠の図面を作成するとき、最初に考えるのは「どこを実線にし、どこを破線にするか」です。

特徴的な部分だけを実線にしておけば、その周囲の形状を変更した模倣品にも権利を及ぼしやすい。そう考えると、登録を受ける部分はなるべく特徴部分に絞った方がよいようにも思えます。

しかし、少し視点を変えてみましょう。

もし、その意匠権が実際に侵害されたら、損害賠償はいくら認められるのでしょうか。

実は、部分意匠の「どこまでを実線にしたか」は、権利範囲だけでなく、その先の損害額にも影響する可能性があります。

今回は、少し珍しい角度から、損害賠償という「出口」から逆算して、部分意匠の実線範囲を考えてみたいと思います。

2.小さく切り取るほど、損害も小さくなる?

この問題を考えるきっかけになるのが、部分意匠の侵害事件で認定されてきた「寄与率」「寄与度」です。

たとえば、化粧用パフ事件では、被告製品全体における登録対象部分の物理的割合等が考慮され、寄与率は50%とされました。

サンダル事件では、登録を受けた部分が物品全体の約75%を占めると評価されましたが、原告の市場シェア等も考慮され、最終的な数値は33.8%となりました。

さらに遊技機用表示灯事件では15%、後年の組立家屋事件では10%とされています。

ここで注意したいのは、「実線部分の面積=寄与率」ではない ということです。

しかし同時に、「どこまでを登録対象部分としたか」が損害算定と無関係ともいえないことも、これらの裁判例から見えてきます。

3.面積だけではない――遊技機用表示灯事件

特に興味深いのが、遊技機用表示灯事件です。

裁判所は、登録対象部分の中でも、公知意匠をありふれた手法で若干変更したにすぎない構成について、その部分が製品の売上げに寄与していたとしても、それをそのまま本件意匠の寄与とは評価できないとしました。

そして実質的な創作性が認められる構成、広告で強調されていた機能、接続できる遊技機が限定されるという取引実情などを考慮して、最終的な寄与度を15%としています。

ここから分かるのは、単純に、「損害額を大きくしたければ実線を広くすればよい」という話ではないことです。

むしろ重要なのは、「その実線の中に、製品価値を生み出しているデザインがどれだけ含まれているか」 なのかもしれません。

4.住宅の「十字」には、どれだけの価値がある?

この問題をさらに分かりやすく示すのが、組立家屋事件です。

登録されたのは住宅全体ではなく、正面の柱と梁によって形成される部分を対象とした部分意匠でした。

この部分は、物理的には住宅全体のごく一部です。

しかし、住宅正面の印象を特徴づけるデザインでもあります。

裁判所も、正面から見た原告製品の写真を用いた広告宣伝などを踏まえ、外観、とりわけ正面形状が販売に一定程度寄与していることを認めました。

それでも住宅はデザインだけで購入される商品ではありません。

立地、間取り、価格、設備など、さまざまな要因によって購入が決定されます。

その結果、認定された本件意匠の寄与度は10%でした。

ここには、「図面の中では主役でも、商品価値全体の中では主役とは限らない」という部分意匠特有の難しさが表れているように思います。

5.では、全部実線にすればいい?

ここまで読むと、「だったら部分意匠ではなく、全体意匠で取ればいいのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、それも単純ではありません。

最近の収納容器事件が、この問題を考えるよい材料になります。

東京地裁では意匠の類似性が認められましたが、控訴審の知財高裁は判断を覆し、非類似と判断しました。

知財高裁は、収納容器という物品の用途や使用態様を検討したうえで、収納容器全体の形状だけでなく、側面、把手、そして上辺の形状などを需要者の注意を強く惹く部分として検討しています。

原告意匠では上辺が湾曲しているのに対し、被告意匠では水平状になっている。

このような相違も含めて全体として観察した結果、知財高裁は両意匠が異なる美感を与えると判断しました。

つまり、狭く取れば、損害論で「その部分は製品価値の何%か」が問題になる。

一方、広く取れば、侵害論で「模倣されなかった部分の違い」が効いてくる。

ここに「どこまで実線にするか」の難しさがあります。

6.「実線か破線か」ではなく「何層で守るか」

そう考えると、部分意匠の図面作成で考えるべきことは、一つの図面について、「実線をどこまで広げれば正解か」を探すことだけではないのかもしれません。

例えば、一つの製品について、

A:最も特徴的な部分だけを実線にした部分意匠

B:特徴部分と、そのデザイン的意味を形成する周辺まで含めた部分意匠

C:製品全体を対象とする全体意匠

という異なるレイヤーで保護することも考えられます。

必要に応じて関連意匠制度も組み合わせれば、模倣態様に対する捕捉力と、製品全体としてのデザイン価値の双方を意識した権利形成が可能になります。

7.図面を描く前に、5つの質問

部分意匠の図面を作成するとき、こんな問いを一度投げかけてみてはいかがでしょうか。

  1. なぜ、ここからここまでを実線にするのか?
  2. その部分は、製品の外観をどの程度特徴づけているか?
  3. そのデザインは、需要者がその製品を選ぶ理由になっているか?
  4. もう少し広い範囲を実線にした意匠も必要ではないか?
  5. 全体意匠や関連意匠と組み合わせて守るべきではないか?

部分意匠の図面は、単に「権利範囲を切り取る図」ではありません。

製品のデザイン価値のうち、何を権利として取り出すのかを表現する図

ともいえるのではないでしょうか。

だからこそ、「どこまで実線にする?」という問いには、類似範囲だけでなく、その先の権利行使まで見据えて答える必要があるように思います。

 

No. 種別 登録意匠の物品 判決日/裁判所/事件番号 損害算定根拠 寄与率 主な評価・控除事情 結論・損害額
1 部分 化粧用パフ(第1187684号) 平成18年5月31日/大阪高裁/平成18年(ネ)第184号 意匠法39条1項 50% 被告製品全体に対する登録対象部分の物理的・価額的割合等 差止め・廃棄を認容。原判決の360万円(遅延損害金付)を維持し、控訴棄却。単位利益400円×6万個×利益率30%×寄与率50%で算定。
2 部分 サンダル(第1350689号) 平成25年4月19日/東京地裁/平成24年(ワ)第3162号 意匠法39条1項 33.80% 登録部分の物理的割合75%に、原告シェア45%を反映。55%を販売不能事情として控除 差止め・廃棄を認容。被告に344万4,160円。内訳は逸失利益313万1,055円+弁護士・弁理士費用31万3,105円。
3 部分 遊技機用表示灯(第1375128号、第1375129号) 平成25年9月26日/大阪地裁/平成23年(ワ)第14336号 意匠法39条1項・2項等 15% 対象部分の限定性、公知意匠からの創作的距離、広告で別機能を強調、対応遊技機の限定 意匠1は無効理由により請求棄却。意匠2は差止め・廃棄および348万6,111円の損害賠償を認容。
4 部分 組立家屋(第1571668号) 令和2年11月30日/東京地裁/平成30年(ワ)第26166号 意匠法39条2項 10% 建築物全体の利益中、部分意匠が住宅販売に寄与する程度を評価。柱・梁の構成を中心とする部分意匠 建物の製造・販売等の差止めを認容。被告に85万1,238円および遅延損害金の支払を命令。
5 全体 収納容器(第1472070号) 令和6年10月30日/東京地裁/令和3年(ワ)第20229号 意匠法39条2項、予備的に3項 15% 侵害者利益推定と実施料相当額を併せて主張。無効主張および損害算定が争点 差止め・廃棄および944万5,358円を一部認容。原告請求は1,440万3,000円。

【化粧用パフ事件】

【サンダル事件】

【遊技機用表示灯事件】

【組立家屋事件】

【収納容器事件】