日本で描いた意匠図面、そのまま海外へ持っていけますか? ― 外国出願から逆算する図面の作り方 ―

はじめに ― 日本で描いた図面、そのまま海外へ持っていけますか?

意匠出願の図面を作成するとき、私たちは当然、まず日本の意匠登録出願として適切な図面を作ろうと考えます。

六面図を揃え、必要に応じて斜視図や断面図を追加する。部分意匠であれば、どこを実線にし、どこを破線にするかを検討する。そうして日本での出願図面が完成すれば、ひとまず図面作成の仕事は終わったように思えます。

ところが、その意匠を海外にも出願しようとした途端、話が少し変わってきます。

「米国用に陰影を付けましょう」
「斜視図も用意した方がよいですね」
「この写真はそのまま使わず、線図に起こしましょう」
「部分意匠の表現方法を変える必要があります」

そんな話が現地代理人から出てきて、日本出願で使った図面をそのまま海外出願に持っていけないことがあります。

実際、過去に行われた意匠の表現に関する調査研究でも、海外出願の際に、斜視図や破線を追加したり、部分意匠の線種を変更したり、写真や3D-CADから線図を作り直したりした例が報告されています。中には、出願国に応じて複数種類の図面を準備したケースもありました。

これは単に「外国は図面のルールが違うから仕方がない」という話なのでしょうか。

筆者が今回このテーマに注目したのは、ここに図面作成のもっと根本的な問題があるように感じたからです。

海外出願の段階になって初めて図面を作り直すのではなく、将来外国へ出願する可能性があるのなら、最初の日本出願の段階から、その後の海外展開を意識して図面を準備しておいた方がよいのではないか。

実際、「日本出願時に、海外への出願も考慮にいれて作図をしている」とする実務家の意見があり、米国用の陰影付き図面を作成した例や、韓国出願を予定する意匠について国内出願の段階から斜視図を準備していた例もあるといわれています。

さらに重要なのは、外国出願のための図面変更が、単なる「描き直し」では済まない場合があることです。

例えば、日本出願の線図を基礎として米国出願時に陰影を追加したとします。その陰影によって、日本出願では必ずしも明確でなかった曲面や凹凸が初めて明確になったとしたらどうでしょうか。

あるいは、日本出願になかった斜視図を外国出願時に追加したところ、そこに初めて現れる形態があったらどうでしょうか。

これはもはや作図コストの問題だけではありません。

「その外国出願は、本当に日本出願を基礎として優先権を主張できるのか」という、権利取得そのものに関わる問題にもつながってきます。実際、米国意匠出願の実務ガイドラインでも、日本出願を基礎とするパリ条約優先権との関係で「図面の陰影」や「写真から図面への変更」が検討事項として取り上げられています。

そう考えると、日本出願の図面は、単に「日本で登録を受けるための図面」ではないのかもしれません。

外国出願を予定している意匠については、日本出願図面を、その後さまざまな国の図面表現へ展開していくための「最初の設計図」として考えてみる必要があります。

そこで今回は、「日本で描いた意匠図面、そのまま海外へ持っていけますか?」という問いから出発して、米国などとの図面表現の違いを手掛かりに、外国出願から逆算すると、日本出願時にどのような図面を準備しておくべきなのかを考えてみたいと思います。


1.その図面、海外でもそのまま使えますか?

日本で意匠出願をするとき、まず考えるのは「日本の出願要件を満たす図面をどう作るか」です。

立体物であれば、正面図、背面図、左側面図、右側面図、平面図、底面図からなる六面図を基本とし、必要に応じて斜視図や断面図を追加する。日本の意匠実務では、長くこうした図面作成が基本とされてきました。

ところが、その意匠を後から米国、欧州、韓国などへ出願しようとすると、

  • 斜視図を追加したい
  • 破線の使い方を変えたい
  • 米国向けに陰影を付けたい
  • 写真ではなく線図に描き直したい
  • 部分意匠の表現を変えたい

といった問題が出てくることがあります。

実際、過去の調査研究では、海外出願に際して「斜視図の追加」「破線の追加」「部分意匠の線種変更」などを行った例が報告されており、中には出願国ごとに異なる図面を作成したケースもありました。

そこで今回は、

「外国出願を予定しているなら、日本出願の段階で図面をどう作っておけばよいのか」

という視点から、意匠図面を考えてみたいと思います。


2.「日本用の図面」を作ってから、海外用に直す?

過去の企業ヒアリングを見ると、海外出願への対応方法はさまざまです。

例えば、

  • 日本出願時から海外出願を考慮して作図する
  • 日本の図面をベースにしつつ、米国用に陰影付き図面を作成する
  • 韓国出願を予定している場合は、日本出願時から斜視図も用意しておく
  • 写真やCGから線図を作成し直す

といった運用が行われていました。

一方、複数種類の図面を作り直すことについては、金銭的負担、人的負担、技術的負担が生じることも報告されています。特に、3D-CADデータから六面図を起こしたり、陰影をどのように付けるか検討したりする作業が負担として挙げられています。

そうすると、

「まず日本用の図面を完成させて、外国出願するときに必要な修正をすればよい」

という考え方が、必ずしも効率的とは限りません。

むしろ、

最初の図面を、将来の外国出願にも展開できる“マスター図面”として設計しておく

という発想が重要になってきます。


3.米国では「線」に別の意味が加わる

外国出願で特に違いが分かりやすいのが米国です。

米国では、意匠の表面形状や輪郭を明確にするために、適切な表面陰影を用いることが求められます。添付資料でも、表面の特徴や輪郭を示すために十分なsurface shadingを用いる必要がある一方、権利請求しない破線部分には陰影を付けるべきではないと整理されています。

日本の図面では、形状を輪郭線中心で表現していても、米国では曲面や凹凸の把握のために陰影線を付加することがあります。

ここで問題になるのが、

「海外出願のために後から加えた陰影は、単なる作図上の補足なのか、それとも意匠の開示内容を変えるものなのか」

という点です。

添付の米国ガイドラインでも、日本からのパリ条約優先権主張に関する注意点として、「図面の陰影」や「写真から図面への変更」が独立した検討項目として挙げられています。

したがって、米国出願を予定しているのであれば、日本出願の時点から、

  • 曲面は十分に特定されているか
  • 凹凸が輪郭線だけで誤解なく伝わるか
  • 後から陰影を追加しても、当初開示の範囲内と説明できるか

といった点を意識しておく必要があります。


4.写真やCGなら便利、とは限らない

最近では、デザイナーから3D-CADやレンダリング画像が提供されることも多く、意匠出願にも写真やCGを利用したくなる場面があります。

しかし、国によって扱いは同じではありません。

添付の米国ガイドラインでは、米国では可能であれば線図による出願が望ましく、写真やCGで出願すると、線図の場合に比べて権利解釈が限定的になされるおそれがあると指摘されています。また、図面と写真、図面とCGを混在させることにも注意が必要とされています。

一方、日本の旧来の実務でも、一部の図だけを写真にすると、線図との濃淡や表現の違いによって意匠が不明確になるおそれがあるとされていました。

つまり、

「データがあるから、そのまま出願図面に使える」わけではありません。

大切なのは、元になる3Dデータや写真から、

どの表現を、どの国でも展開しやすい形で残しておくか

という視点です。


5.六面図だけ作れば「マスター図面」になる?

では、日本で六面図をきちんと用意しておけば、それを各国へ展開できるのでしょうか。

必ずしもそうとは限りません。

日本の資料でも、六面図だけでは形態を十分に特定できず、同じ投影図から複数の立体形状が想起され得る例が示されています。その場合には、斜視図、断面図、拡大図などを追加して形態を明確にする必要があります。

特に斜視図は、正投影図ほど寸法的に正確ではない一方で、物体を人間が実際に見る姿に近い形で一図に表現できるという長所があります。

外国出願まで考えるなら、

六面図を「出願に必要な図」として作るだけでなく、斜視図や元の3Dデータを含めて、将来の図面作成に使える情報を残しておく

ことが重要になります。


6.日本出願時に用意しておきたい「図面セット」

それでは、外国出願を予定している場合、日本出願時にはどのような情報を用意しておくとよいのでしょうか。

一つの考え方として、次のような「マスターセット」が考えられます。

A.基本六面図

日本出願で使用する正投影図。

B.斜視図

形状や凹凸を直感的に把握できる図。

C.3D-CADまたは元CGデータ

外国出願時に陰影付き線図や別角度図を作成するための基礎データ。

D.曲面・凹凸を確認できる補助図

必要に応じて断面図、拡大図等。

E.部分意匠の権利範囲を変更できる元データ

実線・破線を後から調整できる状態の線画データ。

このすべてを日本出願に提出する必要はありません。

重要なのは、「出願時に提出する図面」と「将来の外国出願に備えて保存しておく図面情報」を分けて考えることです。


7.外国出願から逆算すると、日本出願図面の見方が変わる

意匠図面は、つい「今回の出願を成立させるための添付書類」として考えてしまいます。

しかし、海外展開まで考えると、図面の役割はもう少し広くなります。

日本の調査研究でも、意匠の表現は、意匠の要旨認定、類否判断、類似範囲、補正可能範囲にも影響し得るものと整理されています。

そう考えると、

「日本で登録できる図面を作る」

だけではなく、

「海外でも、そのデザインを崩さずに権利化できる図面情報を残す」

という発想が必要になります。


8.図面を描く前に、5つの質問

外国出願の可能性がある意匠については、日本出願時に次のような点を確認してみてもよいかもしれません。

  1. この六面図だけで、立体形状を誤解なく再現できるか?
  2. 曲面や凹凸を、後から米国用の陰影付き図面に展開できるか?
  3. 斜視図や3D-CADなど、別角度の情報を残しているか?
  4. 部分意匠の実線・破線を変更できる元データを保存しているか?
  5. 海外出願時に図面を書き直したとき、優先権の基礎となる日本出願との関係を説明できるか?

意匠図面は、「今出す一枚」だけを考えて作るものではありません。

そのデザインを、将来どの国で、どのような表現に変換しても守れるようにするための基礎データ

でもあります。

だからこそ、外国出願を予定している意匠では、

最初の日本出願から、海外展開を逆算して図面を設計しておく。

そんな考え方が、これからますます重要になるのではないでしょうか。